![]() 以前おばさんが作ってくれたもので、このブログでもご紹介済みだが、最近は専ら自分たちで作るようになったので、再度アップしておくことに。今回はいつものように写真レシピ付。 ① ゴーヤを半分に切り、中の種とわたをティースプーンでかき出す。(大き目のゴーヤの場合、奥の方は小さいデザートフォークに代えると取り易いかも) ![]() ② 豚挽き肉(鳥ひき肉や合挽きでも可)、キクラゲ、春雨、塩、胡椒を混ぜる。 ![]() あまり混ざらないが、気にしない。 ![]() ③ ①のゴーヤに②をきつめに押し込む。 ![]() こんな感じになる ![]() ④ 余ったお肉は、肉団子に。 ⑤ 沸騰したお湯に、③のゴーヤと④の肉団子を入れて煮る。 ![]() ⑥ 鶏がら、塩、胡椒で味を調える。 ⑦ ゴーヤを食べやすい大きさにスライスして出来上がり。 ![]() お好みで、ねぎや香草を散らしていただく。おいしくって体にいいので、最近では2週間に1回はこのスープを作っている♪ ![]() 先日、彼の姪っ子の洗礼式に立ち会った。 以前このページに登場した、彼の甥っ子の妹で、生後3週間彼女の全てが嘘のように小さい。そんな彼女も、この日、キリスト者の一員となった。 ここで、カトリック教会の考えと洗礼について少しご紹介したい。 まずは、少し分かりにくいかも知れないが、中央協議会の記述より抜粋。 教会の教えの根本は、古くから唱えられてきた「使徒信条」の中に見ることができます。 宗教について私達が語るとき、兎角「自分がその生き方や歩みを自ら選ぶように、その宗教をも選びとった」と錯覚し、語ってしまい勝ちである。しかし、上記抜粋にもあるように、常に能動的、圧倒的に、「私達の生き方の選択」に働きかけ、呼び掛けているのは神の方であり、私達は受動的姿勢でその呼び掛けにただこたえているのである。上記抜粋で言う「生き方を選ぶ」ということは、その呼び掛けにこたえるか、こたえないかという2点のみにおいてであり、その他の選択肢は既に神からの働きかけによって整えられ、用意されているのである。 とは言うものの、大人になってからキリスト教に出会い、足繁く教会に通い、ミサに与り、要理を学び、熱心に祈り・・・、その結果洗礼を受けた人は、「自分で選んだのではなく、神さまが私を選んだ」という部分の理解が、時々揺らいでしまうのではないだろうか。 かく言う私も成人洗礼(大人になってから洗礼を受けた)で、この部分について、時々考えさせられるのである。何故、自分に、もっと早く(つまり赤ちゃんの時から)、神さまへと続く光の道を与えてくださらなかったのだろう・・・とか。 しかし、これもよく言われることだが、「神は、その人にとって一番相応しい時期に相応しいものを与えてくださる。」 私は、小学校・中学校の時にプロテスタントの教会学校へ通い、友人の誘いで、高校からカトリックの教会学校に通って、大学生の時にカトリックの洗礼を受けた。両親・親戚にクリスチャンはおらず、彼らは正直、毎週熱心に教会に通う私を快く思っていなかった。言葉の通り、娘は「宗教にはまってしまった」と思っていた。当然、私の信仰に対する家族の風当たりは良いものではなかった。 何故、そんな曲がりくねった道を通って、自分は洗礼へ導かれたのか。 今の所の私が感じているのは、その曲がりくねった道自体も神の計画であり、自分には必要不可欠なものであったということである。幼い頃から、家族に教会の楽しさを一生懸命語り、伝えようとしていた私は、大きくなって、自分の友人に同じ事をしているし(実際にこんなページを設けて、不特定多数の、しかも見ず知らずの人々にも何かを伝えようとしているし)、プロテスタントとカトリック両者を知ることによって、よりエキュメニカルな考えを持つようにもなった。 人の目には、なんともまどろっこしく、無意味に映ってしまいそうな私の歩みも、神の目から見れば、見事なまでに綿密に計画された通りの綺麗な整えられた道なのである(たぶん)。 全てが、神によって計画されていたことが実行されているだけなのだと。 ![]() しかし、クリスティーナのような幼児洗礼(赤ちゃん・子どもの時に受ける洗礼)には、未だに憧れてしまう(言ってること矛盾します、ハイ)。本人に全く意思がない所で授けられるので、本当に「与えられた」という強烈な印象を受ける。つまり、「あなたが私を選んだのではない。私があなたを選んだ」みたいな、そんな感じ。もちろん、人間的に言ってしまうと、「両親の意思」なのだけど。生まれてくる両親を選べない赤ちゃん、洗礼も与えられるがままに受ける赤ちゃん、そこに物凄い、圧倒的な、絶対的な神からの強い導きを感じずにはいられない。 成人洗礼とは全然違う!!と、感じてしまう。。。 そんな洗礼式だった。 余談だが、ミサはヴェトナム語で、その長さにびっくり!! 洗礼式だからではなくいつも長いらしい。お告げの祈りの前にいろいろ唱えたり、ミサの後にもロザリオを唱えたり...。神父さまは説教以外に、「お知らせ」のタイミングで、また話すし。まあ、貴重な体験だった。 ![]() ヴェトナム人の大好物、ドリアン。 他の国の人は、その匂いのせいで食べられないこともあるが、私は大好き♪ ① ドリアンの少し盛り上がっている所に、果肉が入っているので、盛り上がっている所を探し、そこにナイフで縦に切り込みを入れる。 ![]() ② 広げて、中の果肉を掬い取る。 ![]() ![]() ![]() ③ 全ての果肉を取り終えたら、終了。 ![]() ![]() その日のうちに食べなかった分は、小分けにしてラップに包んで冷凍保存。次回いただく時は、アイスクリームのようになっていて、これもまた美味♪ 生が苦手な方は、冷凍のものから召し上がるといいかも。 日本では、最近ジャスコで2,980円で購入可能(彼のお父さん情報)。 10年前は、1万円近くしたらしい。。。 ちなみに、アメリカでは12ドル位。 ドリアンを捌く時は、2人で取り掛かかることをお奨めします。 先日、日本より彼のお父様がいらしたので、ここ最近は、従姉妹夫婦達や伯母さん(彼のお父様のお姉さん)とお食事をしている。しかし、彼の甥っ子に妹が誕生したため(今2週間目)、お料理は全てデリバリのもの。
そして、食後のお菓子も充実♪ こちらは青豆のお菓子。甘くて、少しパサパサしている。食感はボルボロンのような感じ。 ![]() ![]() こちらは、ドリアンのクリームが挟まったお菓子。しっとりした食感がいい感じ。 ![]()
普段はあまり外食をしない私達だが、昨日は、素敵なお店で、素敵なものをたくさんいただいた。
前菜は、とっても大きなオニオンリング ![]() デンマークからやってきた子豚のリブ ![]() ハーブとレモンの風味が素晴らしいグリルサーモン ![]() ビール、ワインと共に、ゆっくり、ゆったり堪能。 そして、 「これからもよろしくね」 「一緒に頑張ろうね」 と、約束のしるしを交換した。 交換したものは一般的なありきたりのものだけれど、私達にとっては、二人のたくさんの想いと真実がこもった特別なもの。 ![]() 以前、ゴーヤ・スープ 「Canh Khổ qua」 のところで書いたが、ヴェトナム人にとってゴーヤはとっても身近なもので、炒め物にも良く使う。 ① ゴーヤは縦に2つに切り、スプーンでワタをとり、薄く切る。塩をまぶして軽くもみシナっとしたら水にさらす。ざるにあげておく。 玉ねぎも薄切り。 ![]() ② いり卵を作り、お皿に出しておく。(後で和える) ③ フライパンに薄く油をしき、ゴーヤを炒め、少ししたら玉ねぎも加える。 ④ 塩、胡椒、醤油、酒などで味を調える。 ⑤ しんなりしたら②で作っておいたいり卵を加え、さらに味を調え出来上がり。 お好みで鰹節などを添えていただく。 ![]() 沖縄のゴーヤチャンプルーは、スパムを入れるが、私達はヴェトナムハムと一緒にいただいた。豚肉などを入れても美味しいかもしれない。 ![]() 簡単おつまみ、カリカリベーコン♪ 美味しくって、癖になる味。 ① トレーにアルミホイルを敷き、重ならないようにベーコンを並べる。 ② オーブンへ。お好みの焼き加減のところで出す。 ③ 油がたくさん出るので、キッチンペーパーで丹念に吸い取り出来上がり。 ベーコンは、卵と一緒に油で炒めてしまいがちだが、カリカリベーコンの方がオーブンで焼く際にだいぶ油が出てくるので、ヘルシー。 カトリックにおける「結婚」は、「秘蹟」の一つ。
「秘蹟」とは、全部で7つ(洗礼・聖体・ゆるし・堅信・叙階・結婚・病者の塗油)あって、「神さまからの目に見えるお恵み・しるし」とされている。 私たちクリスチャンは、神さまがいつでも私たちと共にいて、共に歩んでいてくださると信じているわけだが、残念ながら神さまは私たちの目には見えない。。。何か目に見える形(これが秘蹟)で、さらにその信じる心(信仰)を強めようという、とってもとっても大切な意味がある。 そのため、カトリック教会で結婚式を挙げる場合、洗礼を受けている人、受けていない人に関わらず、必ず「結婚準備のための講座」の受講を求められる。新郎・新婦は、この講座を通して、結婚の秘蹟の意味をよりよく理解し、より大きな神さまからのお恵みを感じることができるのである。 ちなみに、私が日本で通っている教会では、下記のような順序でお式への準備をする。 結婚式までの流れ 私と彼の場合は、信者同士になるため、帰国後に下記のクラスを受講することになる。 結婚クラス と、ここまで書いて今更ながら感じることは、 「道のりは、長いなぁ・・・」
お食事について。
![]() お正月は何かと忙しいので、今回お招きいただいたお家では、お店に注文したものをみんなで取り分ける形をとっていた。 この豆と豚肉のチマキは、お正月ならではのもの。 ![]() こちらは、先日私が購入したお菓子とは違う盛り合わせのもの。(容器は全く同じだが、ゴマがたくさん入った飴などの詰め合わせ) ![]() これも、甥っ子は相当気に入ったらしく、またもやたくさん食べていた。
この項目では、お正月にするゲームについて。
ヴェトナムにも日本の「カルタ取り」や「双六」のように、お正月ならではのゲームがある。 ① bài tam cúc ![]() 中国将棋と同じ駒が、長方形のカードに記されており、4人(もしくは4グループ)でトランプのようにして遊ぶ。(上の写真は、写真を撮っている私のために、わざわざ叔父さんが将棋の駒の順番に並べてくれた) ![]() みんな真剣。。 ![]() 箱はこんな感じ。 ![]() ② Bâu cua cá cop ![]() 「鳥」「瓢箪」「鹿」「海老」「蟹」「魚」の絵が描かれたサイコロ3つを振るので、何が出るのかを予測し賭ける。 ![]() これは100パーセント運のゲームなので、ゲームが苦手の私にも楽しむことが出来た。 こちらの箱はこんな感じ。 ![]() 日本で子ども達が双六などをするかのように、大人が輪になって本当に楽しそうに、そして真剣に、ゲームに取り組んでいたのでなんとなく微笑ましかった。いいお正月の過ごし方だと思う。
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